塙さんは能村研三主宰の「沖」の同人で、作句歴20年の方。序文は能村主宰が、跋文は森岡正作副主宰が、塙さんの人と作品を丁寧に紹介している。選句・構成には広渡敬雄氏が協力したとある。2022年10月22日、ふらんす堂発行。 装丁の美しさ、そして、和綴じ風というのだろうか、開き具合がとても手に馴染む句集である。
自選十句は次の通り。
菜の花やレール曲がりて海に落つ
性格は少年のまま木の実独楽
いつよりと言へぬ晩年さるすべり
青ぶだう旧約聖書のインディア紙
家系図のはじめは分家蝌蚪の紐
菜の花の明るき朝や母覚めず
さりげなく来てさりげなく二月去る
忽然と消えし給油所麦の秋
その中に非正規労働蟻の列
人流とふ賢しら言葉卯波立つ
小生の感銘句は次の通り。
023 花むしろ「直帰」の顔の揃ひをり
035 遊ぶにも天性あらむ揚雲雀
039 ちちろ虫警策の音近づきぬ
041 開戦日五つ並びし時差時計
056 妻の名と同じ名の嫁冬すみれ
072 小鳥来る直さぬ嬰の左利き
086 南部風鈴さびてほど良き音となり
087 鳥渡る屋上にあるHの字
105 生牡蠣のRの神話疑はず
130 生き様とふ言葉は嫌ひ衣被
131 生来の断り下手や鵙の贄
132 品格は鶴の歩みの頸にあり
141 母 由喜子死去一〇三歳
菜の花の明るき朝や母覚めず(*)
155 残心を護摩の炎に去年今年
156 白梅は意地紅梅は情けとも
159 風五月弾む横長ランドセル
162 文鎮はいつも端正秋ともし
165 結び目を八重歯で解く一葉忌
173 塗箸を選ぶ妻籠の良夜かな
176 電車待つ前抱きリュック風は秋
176 天平の朱色もかくや柿すだれ
187 ひらがなを描く蛍の闇の濃し
188 白南風やフランス窓の隠れ宿
189 頃合ひをはかりて外すサングラス
208 街騒をたくみに抜けし黒日傘
219 発心のいまこそ良けれ西行忌
この句集、一読すると、086の「ほど良き」、130の「嫌ひ」、162「端正」、208「たくみに」など、けっこう主観的な断定の句が多いのだが、中に確かな写生の句もあってそれが小生には魅力的であった。感情を排除し、ただ「モノ」や「映像」だけを提示する句である。たとえば、次の句のように……。
041 開戦日五つ並びし時差時計
087 鳥渡る屋上にあるHの字
同じく写生の目が書かせた次の句は、小生のイチオシの句である。
132 品格は鶴の歩みの頸にあり
鶴が歩くとき、首を伸ばし、胸を張って、一歩一歩ゆったりと歩む。やんごとなき世界の儀式のような雅さが見える。その意味でみごとな写生句だが、それにとどまらない。「品格」があるという主観、断定の句でもある。
印象的な句集を、有難う御座いました。
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