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小沢真弓句集『紙飛行機』



 小沢さんは「青芝」(土生依子主宰、前主宰は梶原美邦)で山本つぼみに出会い、同氏が「阿夫利嶺」を創刊するに際し、同人参加し編集長となられた。同誌終刊の後、令和四年「あふり」を創刊し、その主宰を務めている。

 該句集は、日相出版、2024年10月30日発行。


 自選句は次の十二句。


  たつぷりと使ふ三日の介護の湯

  ゐるはずの後ろの正面春の闇

  春の夜の裂目応挙の幽霊画

  竹炭の触れあふ軽さ雲の峰

  緋目高やまだ地を踏まぬ児の踵

  八月の紙飛行機よ戻りこよ

  烏瓜ひと夜の罠として咲けり

  星涼し浮き玉魚を眠らせて

  保育器に小さな欠伸冬ぬくし

  不在票ひらりと二枚冬に入る

  登りつめ冬青空に触れてゐる

  行く春の大海原を墓標とす


 小生の共鳴句は次の通り。(*)は自選句と重なったもの。


010 緋目高やまだ地を踏まぬ児の踵(*)

019 各駅停車の冬日になにもかも委ね

928 春を待つひたすら足の爪染めて

059 たつぷりと使ふ三日の介護の湯(*)

092 山里の昼を灯して紙を漉く

107 敗戦忌無言白紙のプラカード

116 保育器に小さな欠伸冬温ぬくし(*)

120 天と地を空けて白鳥待つ在所

159 失敗作らしき土偶も秋高し

169 聖夜の灯取り遺されし車椅子

171 雪の夜は胎児の形して眠る

173 未熟児に乳吸ふ力雛の日


 小生のイチオシの句を鑑賞したい。


169 聖夜の灯取り遺されし車椅子

 実は「車椅子」が出てくると、あまりにも詠まれ過ぎている句材なので、つい用心する。だが、この句集の場合、この句の前に

169 いもうとを逝かしめし街聖樹の星

があり、「ありふれた「車椅子」が急に特別な「車椅子」に変身した。さらに遡っていくと、

093 なづな粥欠食長きいもうとよ

067 夜の蟬明日は入所の妹に

065 春の卓汚す介護の匙遅々と

064 妹に微熱の幾日鳥曇

059 たつぷりと使ふ三日の介護の湯(*)

054 介護の匙凍て深海を漂へり

054 痙攣発作続く寒夜の救急車

043 踊の輪妹の手を離さずに

022 妹へ葛湯を掬ふ銀の匙

007 逃水を追ふ妹の手を引きて

などがあった。「妹」は特別な「いもうと」に入れ替わるのである。

そういえば、戻って、146頁には

146 拘縮の指に持たせし朝の虹

のように聞きなれない「拘縮」という言葉が出て来ていた。妹さんの健康状態の異常を感じさせる句が、これだけ沢山ならび(落としている句があるかも知れないし、関係のない句を拾ったかもしれないが)、そしてついに、

169 聖夜の灯取り遺されし車椅子

が出て来る。並大抵の「車椅子」ではなく、万感が籠った、作者にとって特別な「車椅子」なのであった。

 堂々とイチオシにさせて戴いた一句でした。

 すみません、事情はあとがきを読んで、全てわかりました。それだけにショックでした。

 この句集「紙飛行機」は、妹さんに捧げる供花の一書だったのかもしれませんね。

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