根来さんは大輪靖宏先生の「上智句会」や「若葉」(鈴木貞雄主宰)をへて、現在、「ソフィア俳句会」と「すはえ」の代表を務めておられる。その句柄は自選句から分かるように、あくまでも静かに対象を見ての句が多い。境涯や社会批判は少ない。大輪先生やそのお仲間の句柄もそうなのであろう。
大輪先生の序文がすばらしい。根来句のどこが傑出しているのかを、腑分けする如く、解説してくれている。小生は、気に入った句が沢山あり過ぎて、かなり削ったのだが、それでも多く残った。それは、正直言うと、大輪さんの序文にかなり影響されたからである。
令和四年七月四日、文學の森発行。
自選10句は次の通り。
雲ふいにほろほろはがれ春の雪
紋白蝶あやつり糸は見えねども
亀鳴くや埴輪ぽかんと口を開け
天道虫管制塔の指示を待つ
夕立や睡蓮のみが正気にて
香水を鎧ひて裸婦のモデル立つ
たゆたへども沈まぬ街に鐘涼し
薄原銀の魚の翔びまはる
林檎捥ぐ地球の軸のふと傾ぐ
散りぬれば地を温めんと冬紅葉
小生の感銘した句は次の通り多きに及んだ。(*)印は自選と重なった。
019 香水に呼び覚まされし記憶かな
021 夕立や睡蓮のみが正気にて(*)
024 軽口を叩いてくるり春日傘
027 数寄屋橋宵の桜の造花めき
028 海横に立てて昼寝の砂熱し
031 朝顔市團十郎を連れ帰る
032 それぞれの孤独を灯す螢かな
036 単線は汀のかたち春うらら
036 紋白蝶あやつり糸は見えねども(*)
040 サングラス今は美人のつもりなり
041 古本屋出でて師走を再開す
044 帽子屋の特等席のパナマ帽
046 真つ先に春の立ち寄る和菓子店
048 踏切を七歩で越えて夏の海
050 螢火の明日を約さぬ逢瀬かな
052 ふと我に返り風鈴小さく鳴り
064 暗転の覚めて桜の大舞台
064 白絹に真白き刺繍聖五月
072 賑はひは桜並木の駐在所
082 待つも良し春の帽子を選りながら
082 桜貝少女の瞳もて拾ふ
083 要らぬかもしれぬもの買ふ遅日かな
085 檣林の影てらてらと油凪
087 幸せの重さ大根厚切りに
090 檜扇のまだ在るがごと雛の手
092 花吹雪われ今万華鏡の中
095 噂して枝豆の莢また積んで
106 光るもの一つ買ひ足しクリスマス
115 トンネルの切れ目切れ目の卯浪かな
117 雲の峰近江の湖のなみなみと
118 立ち姿涼しき人と貴船川
125 細胞の一つ一つに初湯かな
127 匂やかに闇の息づくひひなの間
136 鐘の音に柿じんわりと熟れゆけり
153 足跡の流され桜貝ひとつ
161 白露の戸開ければ山の声のして
162 どんぐりが降ればたちまち少年に
164 はなびらもちほゝやはらかきをんなたち
173 拝むもの数多ある国はつあかり
174 亀鳴くや埴輪ぽかんと口を開け(*)
183 恵方へと歩けば新しき花屋
186 水温む河ゆるやかに蛇行して
031 朝顔市團十郎を連れ帰る
朝顔の中でも希少価値のある「團十郎」をみつけて買ったのであろう。若干「知」が勝った句であるが、小生の好み。欲しかったものを手に入れて嬉しそうな作者が見える。
036 紋白蝶あやつり糸は見えねども(*)
「あやつり糸」がついているのか、と思ったことが良いですね。紋白蝶がふらふらと飛ぶその様は、だれかが操っているのだ、と見立てた。分かりやすい見立てなのだが、言い得ていて、味がある。
044 帽子屋の特等席のパナマ帽
082 待つも良し春の帽子を選りながら
帽子の句が二つ。パナマ帽が特等席に飾られている。「特等席」がうまい。百言を労せず、いかにも高級品だと分からせてくれる。老舗の帽子屋に違いない。
帽子好きな人にとって帽子選びは楽しい。誰かとの待ち合わせなのだろうが、待ち時間が苦にならない。読者の私も帽子を愛用しているので、まったく同感である。
046 真つ先に春の立ち寄る和菓子店
富安風生の〈 街の雨鶯餅がもう出たか〉を思い出す。花びら餅、桜餅(長命寺・道明寺)、柏餅、草餅などなど、季節を先取りしていろいろな和菓子が売り出される。知人の俳人で和菓子屋さんのご主人(蒲田駅のそばの店の村田さんと言った)が『お菓子の歳時記』を出版して、一冊、戴いたことがある。日本の食文化の一つなので、護って行って欲しいと願っている。「立ち寄る」のは作者自身でもある。
117 雲の峰近江の湖のなみなみと
典型的な景を堂々と詠ったのが痛快。平明にして気分の良い大景。絵葉書的だと批判する向きには、悔しかったら真似して詠ってみよ、と言いたい。
有難う御座いました。根来さんはじめ「すはえ」「ソフィア句会」の皆様のご健吟を願っております。
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