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秦 夕美句集『雲』




 秦さんの第十九句集である。以前から秦さんの表現意欲の旺盛さには驚いていた。しかし今回はさらに驚いた。ふらんす堂からの送付案内には「去る一月二二日に秦夕美氏は御逝去されました」とあるではないか。見本の校正刷りを観て戴いたのが最後だったとのこと。謹んでお悔やみ申し上げます。ふらんす堂、2023年1月15日発行。


 帯にある九句は次の通り。


  われに若い日のある不思議雪卍

  かたはらにすゞなすゞしろ雲のいろ

  死はいつも千鳥足にて小正月

  班雪野へとびたきト音記号かな

  水雲召す兜子は何処師は居ずや

  贅沢は素敵戦後の秋は好き

  「おうい雲よ」とびたつきはの菱喰よ

  老いて買ふ夢と台湾バナナかな

  雷鳴を飲み込む雲のふたつみつ


 小生の目に留まった句は次の通り。


014 木は立つて人は坐りてお正月

018 風花を吸ふ闇ふつと魚の香

020 死はいつも千鳥足にて小正月(*)

027 風花や火薬のにほふ五体にて

032 きさらぎの空吸ひこめり土耳古石

042 律の風こゝより母国とや一歩

047 のらくろもゐたか月下のレイテ島

051 贅沢は素敵戦後の秋は好き(*)

061 御破算もよきか渋柿しぶきまゝ

068 さかしまに落つる快楽(けらく)や秋の蝶

071 居心地のいゝ時間です牛膝

076 生き死にはあなたまかせや窓の月

084 貝寄風に乗りたやアラブ馬つれて

087 蛍とぶ返つてこない音ふえて

089 弾道のごとく虹立つ日本海

109 葉桜にふつと太古の扉のすきま

114 死にごろの齢といふか金蓮花

116 鳳仙花そこはだまつてゐる大人

116 さういへば戦前戦後カンナ咲く

122 得手勝手なれど銀杏散ることに

126 蠟梅や老といふ字のやうに老い

130 血はつゞく甘露子(ちよろぎ)の紅のことさらに

133 葬列のどこかはなやか枇杷の花


 亡くなられたと知ったせいか、「老い」や「死」のテーマが多いのに気が付いた。一句だけ鑑賞しよう。


133 葬列のどこかはなやか枇杷の花

 著名人ではなく市井人の葬儀だとして読んだ。きっと天寿を全うされた方の葬儀なのであろう。「枇杷の花」は決して派手ではない。だが、「葬儀」に配合して置かれると、やはり「花」の存在感がある。悲しみの中に、僅かながら明るさを感じとれる。


小生はこの句から二つの句を思い出した。


  死に泪せしほど枇杷の花の数     友岡子郷

  桃さくら婆が焼かれて戻りけり    黛  執


 一句目は知人友人がつぎつぎと亡くなって行く悲しさに枇杷の花を配合した。二句目は、天寿を全うしたお婆さんが亡くなり、寂しさの中、その人生を寿ぐ気分が表れているように思うのである。子郷さんも執さんも、ついこの間亡くなられ、寂しい限りである。


 心からご冥福をお祈り申し上げます。

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